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おだやかな日々の訪れ求めてぞついに至りぬこころ晴れやか
 
自分が変われば世界が変わるのでした。天候も変わるのでした。おだやかな日々の訪れです。

 
2019.01.01 
今、ラジオを聞いています。坂本龍一教授がチェリビダッケと禅について語っています。あらためて思うのです。日本は大丈夫ですね。さらにバックハウスが話題になりました。いよいよ、新しい時代が確定しましたね。ずっとそれはあったのです。やっと成就の時です。自己同一性ですか。懐かしいですね。次は、どうしてミケランジェリなんでしょうね。彼は大脱走をしていますね。音楽も関数だったのですね。とても面白いです。演奏はずれていくんですね。とても面白いです。生きているってことですね。次の話題は能となりました。ふと、思い出しました。かつて、イーブンスとFMラジオを通して会話したことがあった、と誰かが書いていました。そういうことって、あるんですね。大丈夫です。やっと乗り越えましたね。祖父良亮が電話が鳴る時の秘密について亡くなる前にしきりに示していました。いよいよ、大証明の頃です。生きていてよかったですね。そういうことだったのですね。子供の頃より、とても不思議な人生がありました。確定です。さらに話題は、西田幾多郎です。そうだったのですね。いい時代となりますね。仕事はしました。見えないところで。見えない世界からの守護は取り付けてあります。どうするのだったでしょうね。要件は何だったでしょうか。謹んで申し上げます。偏に知性と身心清浄でした。馬鹿になることが幸せであることは絶対にありません。それはテレビによる支配だったのです。見破られたのです。いつの間にか市民階級が支配しています。いよいよ、庶民の解放です。時代は大河の如くこのように流れています。
   
時代は推移して今、どのようになっているのでしょうか。正法、像法、末法と流れて、いよいよ人々は仏法を信じられなくなっているようです。明治の廃仏毀釈が拍車をかけたのでしょう。大乗仏教は今、日本にしかありません。もともと日本が発祥の地であり、それがインドにわたり、日本に戻ってきたと説かれたりもします。いずれにしても仏法は滅びたのでしょうか。至道無難禅師、正受老人、白隠禅師の頃には途絶えようとしていた禅の一本の命脈がありました。禅とか仏法で伝えていたものは何だったでしょうか。その道を至ってみなければわからないのでした。爬虫類の恐竜の時代は2億年続きました。草食恐竜の平和な時代がありました。やがてチラノザウルスが現れます。そしてどうなったでしょうか。恐竜は滅びます。巨大な隕石が地球に激突して地軸が傾き、地球は氷河期となりました。変温動物は生きてゆけません。その時、ネズミが現れていました。そして哺乳類の時代となります。そして今です。神の似姿と言われている人間の時代に至りました。人類が現れて1万年と言われています。放射能が自然界で消失するには1万年かかると言われています。人類として生存していくために何か大切なことが問われています。日本も経済的に二極化しています。子供たちの成績もそうです。こうした時代に失われつつある何か大切なことがあります。取り戻す頃です。思い出す頃です。やさしさを以て人類の生きる道とします。21世紀、時代はその方へ画されています。誰もが幸せになっていいのです。それはお金ではありませんでした。純粋な心です。明治以降歩んでしまった悲しい戦争の時代はもはや克服されています。

 法華経の陀羅尼について、その翻訳と解説があります。《富についての呪文である。財産や権力をもった人が富んだ人ではない。『法華経』を信ずる者がもっとも富んだ人》とあるのでした。(講談社学術文庫、鎌田茂雄著、『法華経を読む』より)  私たちは幸せになるために生まれています。そのために解結するべきことがあるのでした。過去を謝り、身心清浄となって始まるのです。
 

 
道元禅師は法華経を開いて、それを座って読みながらそのまま遷化されたと伝えられていたのだったろうか。法華無量義経第三に、『諸々の仏教の教えを理解していない人に、仏道修行によって得た悟りの境地を得させて、永遠に生まれては死に、死んでは生まれる苦しみから解放されて、自由を得させるでしょう』とあるのだった。これが「他土におく」ということの意味だったのだろう。つまり、法華経の名宛人は『諸々の仏教の教えを理解していない人』だったのである。禅などで理解している人はそれで良いのだった。法華経もしっかりと読むことで日々、新しい発見がある。勉学は何事もそうである。馬鹿になることが幸せであるとするテレビなど見ている暇がない。宮沢賢治も法華経を読んで理解した。それで彼の母親を法華経に改宗させたのだったろうか。法華経を真に理解すると、そうした不思議な力がある。知らない人が否定するのは、日本国憲法についてその成立および内容について何も勉強していない方々が、政治的に扇動されてそれを否定するようなものである。その弊害があまりにも大きいのは、明治時代の文明開化がそうだった。野蛮な思想が戦争に導いた。聖徳太子に『法華義疏』があり、それは岩波文庫に収録されている。

 

ここに来て、あらためて気づくのは、善も悪も、もともとはないってことだった(本来無一物)。ただ、善の種を蒔けば善の花が咲き、悪の種を蒔けば悪の花が咲く。また、仏とは悪の失せた存在だった。悪魔とは嘘の結果だった。人間はどちらにも成り得る。ここが選択の自由だね。どちらの道へ進みますか。
 
この世に生まれた意味、そして生きている目的って何だったでしょうね。諸価値は何だったでしょうか。それを探す旅もあるのでした。まさに〇〇を尋ねて三千里といったところです。あらゆる謎が解かれるでしょう。そしてすべての意味を知る日が来ます。本来無一物だったなんて。愛と自由とやさしさでした。
 
大自然及び大宇宙が守護し、祝福します。それが証明でした。それはあるのです。信じて進むしかありません。生命体としての宿命があります。過去からの罪を払拭して自由となるのでした。それが地上に生まれた意味だったのです。辿り着けるでしょうか。
 
確率論を集大成したパスカルは大数学者だった。社交界へのデビューは30歳を過ぎてからのことだった。そしてある夜、神からの啓示があった。その時のことは小さな作品『メモリアル』に記されている。その後、彼は大神秘家となった。『パンセ』はどのように説明すると民は神を信じるに至るだろうかについての草稿だった。その中に、≪人間は考える葦である≫とある。これは既に人口に膾炙されて久しい。その次に、≪その葦を通して宇宙を観る≫と続く。パスカルは何を観ていたのだったろうか。
 
トルストイは『戦争と平和』が世界最高の文学であると称せられた大文豪だった。しかし晩年になって、それまでの自分の文学をすべて否定して、『イワンの馬鹿』を書いた。そして原始キリスト教の教祖となったのだった。彼は80歳を過ぎて放浪の旅に出た。ある寒い雪の夜、駅舎の前で彼は倒れた。駅員がそれを見つけて駅のベンチに横たえた。暖かい毛布を掛けてもらった。そして帰らぬ人となった。……彼の妻は悪妻だった。

  

p305 《現状維持がいいと思う人と、変革を望む人たちがいるんだよ。……両方が『どちらも正しい』と考えて、『どちらでもいい』と認め合えばいいんだよ。……たしかに、世界中の人々が『どちらも正しい』とお互いを認め合うことができたら、戦争すらもなくなってしまうかもしれませんね。》
  
久しぶりに本を買って読んでみました。忘れかけていた何か大切なものを思い出すことができました。本って、本当にいいですね。凄まじく読書していた頃がありました。あたかも苦行のようでした。再び読み始めましょう。メモを取りながら。これからは、楽しみとして。

《大半の人はお金が最大の価値であり、お金を稼ぐために頑張っている人も多い。この考えを変えない限り、成功することもお金持ちになることもない。お金は最大の価値ではないからである。世の中にはお金以上の価値はたくさんある。その価値の比重を見ない人にお金が舞い込むということはない。お金というものは、そのもの自体に価値があるのではなく、交換ツールに過ぎない。だから、お金以上の価値を差し出すことができれば、協力してもらうことも、応援してもらうこともできる。》   久々に、面白いと思われる新刊書に出会いました。