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全軍出動!

【2009.10.08】

  • 宇宙とアクセスするということはどういうことだったのか。それは智慧の宝庫だった。すなわち、無より有を生む。彼はある頃、ナショナルトレーニングセンターの構想を持っておられる方に一緒にやらないかと誘われた。その方はかつて政治評論家だった。江田島の第一術科学校の式典に招かれて講演したりもしていた方だった。それはオリンピックレベルのトレーナーによって、青少年を含む一大スポーツ施設の構築だった。しかしその本当の意味を理解する者は希有にして、何かと利権が邪魔し、その構想はついに実現しなかった。その先生がある日、彼に日本の神について語ろうとした。そちらの方でもかなり有名な方だった。その時、彼はいった。じっとその方の目を見据えて。「私に神の話はしないでください」。その目は瞬き一つしなかった。そして大粒の一粒の光るモノがあった。さて、彼が何者だったのか。何を見つけたのか。それは自覚を要する。至るまでの試練がある。至り得て、何に気づくのだったか。すなわち、日月照らし風が吹く。彼はこの度、一つのビジョンをレポートにしたという。既にそれは納受されたのだろうか。巷は知らない。やはり彼こそ彼だった。これより始まる。何が始まるのだろうね。楽しみだね。大切にするべきは何だったのか。知る頃となった。あるいは、思い出す頃となった。一番知らなかったのは彼自身だった。それは古来代々のことであったという。しかし懺悔があった。それは何だったのか。いうべくもない。そしてこの世で身を以て懺悔したという。それが人生と青春を失ったということだった。そして彼は彼自身を取り戻した。知る人は知っている。知らない人は知らない。そしていう。日本は戦争をしない。彼の目の黒い限り。彼はいった。本来日本を取り戻す。これまでの方法論は一切通らない。これよりあるべき形は何か。既に範は示したという。各々、取り組むべき課題がある。失敗しても良い。失敗からしか学べないことを知っているからである。故に刑法もとても人間的であり、積極的ミスに対しては殊の外寛大である。何よりも慎むべきは、できない理由を言い訳として並べることである。見える人には見えている。この世に生まれた意味は何であったか。知る頃となった。私達は幸せになるために生まれている。それを阻害していたのは何だったか。いつまでも欺けはしない。裏切りはゆるされない。この度は静かに take off だった。三度目の正直だという。彼はいう。真実とは何だったのか。日のもと一の槍は何処にあったのか。弁慶の薙刀は何処にあったか。それを金剛杵ともいう。あるいは草薙の剣である。誰も知らなかった。知らずに勝手した。彼も知らなかったという。しかしそれはあるべき所にあるのだった。そして知る。何を知るのであったか。知らなければ始まらなかった。故にもはや容赦しない。一つの時代が終わった。これより始まる。新しい時代を創る時である。皆幸せになって良い。そのために探さなければならないモノがあった。かつて神がいた。皆のために天より火を持ち帰った。そして飛躍的に進化した。ヒロシマを見つけて原爆を落としたのは正しかった。しかし頼朝は伊豆に流されていた。古来日本の秘密がある。その謎を解かねばならなかった。故に試練があった。それをも乗り越えたのだろうか。それは本当だろうか。知らなかったね。知る頃となった。知る人は知っている。誰もが知る頃を迎えた。時は成就したのである。彼の背負った悲しみを知る人がいるのだろうか。彼はまだ孤独なのだろうか。森羅万象が味方についている。皆幸せになって良いという。そのために彼が幸せになるという。それが代々大鏡だった。頼んだよ。一般に天災は忘れた頃にやってくる。吉田健一氏は書いています。天才は自分が天才であることを知って、それが何でもないことに気づく。彼は高校の頃既に、全国読書感想文コンクールで入選していました。麻雀もプロの免許を持っています。亦、短歌も活字になったとか。法律も知っているらしいのです。得意は行政法といっていました。テニスの心得もあるらしいのです。亦、日本美術新聞と日本教育新聞も定期購読していました。仏法も何処かで学んだらしい。彼の研究テーマは何だったのでしょうか。廓然無聖だったのかも知れません。それもどういうことだったのか知ったといいます。彼の旅は終わりました。そして帰ってきたといいます。何処に帰ってきたのでしょうね。温かく迎えてくださったといいます。長い冬でした。大黒さんは大きな袋を背負っています。その中には測り知れない宝が入っています。皆を幸せにするために。大切にするべきは何だったのでしょうか。彼はいいます。何より宝は父だった。祖父だった。そして彼は彼自身を取り戻さなければならなかった。そして取り戻したのです。はじまりです。失われた何か大切なものがありました。彼が何処を彷徨っていたのだったか。そして帰ってきました。その身はボロボロです。しかし帰ってきました。天下無敵となって。何故でしょうね。知る人は知っています。彼を貶めるべきではなかった。そして彼に使命があった。それは何だったのか。既に記した。その目的は何だったのか。全体の趣旨から勘案されたい。そして彼は使命を果たした。既に天が認めているという。準備を調えるが良い。その時、彼は現実に姿を現すだろう。彼は何をしたのだろうね。真実とは何だったのか。誰にも解けない謎があった。彼がそれを解かねばならなかったか。そして時代をリセットする。代々の務めとはそれだった。西郷隆盛とは誰だったのか。その写真は彼自身ではない。台風18号があった。これをどう分析するか。どのレベルでするのか。各々の力量が問われる。いずれにしても、はじまりとなった。本来日本、奪えはしない。彼の住むべき空間はなかった。ないのであれば創るしかないと、吉田健一氏は書いていた。その方向性は定まった。世界はどのようにできていたか。本来日本は何だったのか。歴史はどのようにして流れるのか。答えることができる人はいるのだろうか。その人と共に語らん。真実は常に一つである。いずれにしても本来日本復活する。それは今までもあった。それを利用しての繁栄もあった。しかしそれは不当利得だよ。これからはそうはいかない。これまでの開発はまだ未開発だった。今回の開発で完成した。検証済みである。あらゆる秘密は何処にあったのか。このようなことがこの世にあり得るのだろうか。ある。既に気づいている人は幸いである。これまで誰もが彼を利用しようとした。あるいは邪魔をした。それも試練だった。利用される必要はなかった。邪魔される必要もなかった。本来日本したたかとなった。未来は明るい。信じる人は掬われる。何時の世もそうだった。改めていう。これまでの方法論は一切通用しない。何故か。これより明らかとなる。今喜んでいる人がいる。今悲しんでいる人がいる。今迷っている人がいる。時代は画された。ここより始まる。全軍出動。明るい未来を建設する。今純粋無垢な方々がいる。未来を描くのは彼らの特権である。この力の淵源は何であるか。誰に学んだか。誰も知りはしなかった。父伝来である。祖父伝来である。あらゆる謎が解かれている。存在の謎である。各々覚悟してかかるしかない。掬われるべきは掬われる。エネルギーの問題がある。開発するべきはそれで、これまでの悲しみのすべてが笑い話となり、そしてやさしさが生まれるのだった。本来の自分を取り戻すために、ここまで格闘しなければならなかったのだろうか。それほどまでに試練は深かったか。そして気づくのだった。最終最後最大の敵は自分だった。仮想敵国などではなかった。例えば猛獣が市井を闊歩すればどうなるか。処分される。そのような自分ではなかったか。そして大反省が来る。その時、初めて知るのだった。誰が悪いのでもなかった。確かに悲しい人生があった。宿命というにはあまりにも酷だった。その理由がわかった。これでゆるしてもらえるだろうか。私の人生が本当に始まるのだろうか。彼はすべての力が抜けたようだった。ふと思った。これが道元の身心脱落脱落身心だったのだろうか。申し訳ないと思った。生まれ変わろうと思った。この気持ちが宝として結晶する時、木鶏の気持ちがわかるのだと思った。
  • 【2009.10.09 23:34】 「全軍出動!」は、一部修正されました(木村拓哉さんの宇宙戦艦大和に関する裏話のFM放送を聞きながら)。ところで彼はある所でひと仕事を終えて、ひとつの気づきがありました。それでこのページの最終部分の追加修正となりました。帰りの電車でとても不思議な光景がありました。電車がJR呉線安芸阿賀駅に入線する頃、休み山の麓のあたりに霧が発生していたのです。かなりの規模の霧でした。そしてこのページを書き換える頃、気づくのでした。あれは何だったのか。この駅のあたりでは、激しい夕立と凄い雷の思い出もあるのでした。その霧がゆっくりと上昇していくのでした。今思うのです。父が成仏したのだろうって。これで昭和の阿修羅は去りました。父は何を背負っていたのでしょうね。此処では無記とするところです。彼は昼食の休憩時に、あたりを歩きながら考えていました。そして気づいたのです。それはこの人生で初めて己の悪を認めることになりました。そして一連の記録としてのホームページも閉じようかと思いました。お詫びの一文を添えて。しかしそれも今更できないと思うのでした。明るい未来を建設することこそ今、私達の使命です。全体の趣旨から伝わるべきは伝わることでしょう。今日を以てひとつのステップアップです。笑顔の方へ。