2013年 思索のまとめ

2013年12月31日


  • この世に生まれて、何をするのだったか。私たちは今度こそこの世で幸せになるために生まれている。私たちは何か意味を持って生まれている。何か生まれた目的があるのである。先ず、それを見つけなければならなかった。そしてそれはみんな違うのである。そしてその中で、見えない世界を探索し、それを体験的に実証することもある。それが森有正のいう経験だったのではないか。その見えない世界をかつては仏であり、神とした。今はあるいは宇宙である。そして約束がある。それが思考は現実化するであり、引き寄せの法則であり、潜在意識だった。黄泉とは祖先の総体だった。インド哲学においては既に、概念が現実化するとされている。そして神の性質は、創造性と普遍の愛だった。この両者は人間において反力として機能する。すなわち、物質と精神だった。どちらかにかたよっても幸せにはなれぬ。よってこの両者の調和が必要である。バランスである。それを中道とする。見える世界と見えない世界がある。ビッグバンのときに見えない世界がどこかに吹っ飛んでいる。それで私たちは今、それが見えない。聞こえない。感じることができるだけである。それをないと思っていないか。だから、馬鹿になることが幸せであるなどという。この世は決して旅の恥は書き捨てではない。いつかあの世に帰ってしっかり草鞋銭を請求されるだろう。宇宙と魂は連動している。私たちの本体は魂だった。ギリシア哲学において最大のテーマはプシケー(魂)であり、その輪廻だった。愛と自由と平和が人類の願いであり、祈りである。愛に三段階あることを見つけたのはパスカルだった。普遍の愛とはアガペ、仏においては慈悲である。すべてを救おうとする。それに対してサタンとか悪魔が対峙する。それらは破壊と殺戮こそ価値としている。この両者の永遠の戦いがある。それでバガバッド・ギーターの目的は勇者への激励だった。法華経もその名宛人は天であり、菩薩であり、武士だった。ここで天とは神である。新井白石『鬼神論』において神とは精神であるとしている。神仏は実在する。知っても識らなくてもそうである。本来日本は卑弥呼の系譜邪馬台国大和正統神国である。空海もである。最澄にはわからなかった。こうしたことが日本において培われていた。いつか見失っている。明治以降のことである。それを見つけなければならなかった。そのためにはすべてを失う。それほどの試練がある。煉獄である。禅宗『無門関』においては火裏蓮とする。そして蓮華の前に化生する。あるいは拈華微笑である。本来日本を取り戻す。世界は待っていた。それは、日本にある。今も昔もこれからも。禅は既に、在家禅となっている。時は流れた。戦後新たに学んだ自由および平等ならびに個人の尊厳に基づく人間としての諸価値および平和がある。それらが無事、開花結実した。これをもって日本は、戦後の約束を果たした。そしてこれらを世界に発信するべき時を迎えた。権力は市民革命によって克服されている。武力はヒロシマをもって無価値となった。お金には善も悪もない。それらをどう使うかである。思考が現実化する要件は何だったのか。明確な目標とマスター・マインドである。何をもってマスター・マインドとするのだったか。見えない世界の受容および祝福ならびに守護をとりつけることだった。自己実現こそ幸せの形である。それは多様性の中でそれぞれの個性の花を咲かせることである。多様性とはみんな違っていていいということだった。あらゆる富豪がどん底から這い上がる。そして富豪となって、お金が目的ではなかったことに気づく。本当に欲しかったたのは何だったか。愛だった。愛はお金では買えない。普遍の愛はどのようにして取り付けるのだったのか。それが新しい時代のテーマとなった。すなわち第四の波=創造化である。それは第三の波=情報化を通っている。新たなゲームの始まりである。白隠禅師は書いている。衆生本来仏なり、と。また私たち人間には万物の霊長として、神の七つの力も賦与されている。しばらく封印されている。なぜだろうね。その力を使って戦をしてきたからだった。この属性あるをもって武将だった。これよりそれを何に使うのだろうか。明らかだね。目的が定まった。すなわち誰もが幸せとなる世界を目指す。すなわち、愛と自由と平和である。時代は豊かとなっている。歴代の偉大な精神の所産である英知と技術があるからである。本当の豊かさとは、物質だけではない。精神の豊かさを伴う。これも両者の調和を要する。さてADHDおよびLD等、学校の勉強ができない子供がとても多くなった。これらは何が原因だろうか。核開発でどれだけの放射線が放出されただろう。またオゾン層が破壊されて宇宙線が地上に降り注いだ。宇宙線は放射線である。これが原因ではないだろうか。そうであるならば、一部の階層が利益を独占することができる原発推進はありえない。犠牲の上の繁栄は必ず滅びる。絶対専制君主もそうだった。王権神授説はそれ自体正しかったとしても。人間は往々にして運用を誤る。ある講演で鈴木健二氏は言った。核開発で人類が滅んでも地球は痛くもかゆくもない。いずれにしても私たち人間はどんな課題も解決し、どんな障害も乗り越える。学校の勉強ができなくても、だれもが生まれたそのままで易易と楽に暮らしてゆける時代となっている。さらに悪をなすは別論である。新たな困苦の原因を作るからである。すべて自分が蒔いた種である。善くも悪くも、自ら刈り取らねばならない。さて、政治学の常識として民主主義は衆愚化する。そうなっていないか。都合が悪くてキリストをも処刑した私たち人間である。同じ轍は踏めない。大反省の頃となった。古いパラダイムは崩壊した。二千年来の物語が完結したのである。そして21世紀、新しい時代となった。これをもって今年の思索のまとめとする。


新しい時代となりました。みなさま、どうぞよいお年をお迎えください。


わかるかも知れない

2013年12月30日


  • アベノミクスが功をなしたのだろうか、アメリカも日本も株価は空前の高値となった。これは日本列島改造論の頃に匹敵するらしい。この件に関してテレビのインタビューに答える人々は誰もが笑顔となっている。久しぶりだね。何度目だろうね。呉市を流れる二河川の河口に魚の大群が押し寄せたこともあった。知人の老人が満面の笑顔で呉の繁華街であるレンガ通りを夫婦で歩いていたこともあった。呉線の車内で隣に座っていた若いスーツ姿の人が突然携帯電話をかけながら喜びの声を上げたこともあったね。それって、何だったのだろうね。誰かが大きな仕事をしたんだよね。今度こそ本当だろうか。これまでにない大きな仕事となったのだろうか。この度とこれまでとは違うのだろうか。違うとしたら、何が違うのだろうね。彼の自覚の度合いだろうか。何をしたというのだろうね。精査するとわかるかも知れない。やはりそうだったね。今度こそもう、逃がさないでね。あるいは、逃げるなよ。あなただった。広大もそうだった。だから、筑間教授が言ったんだ。君は大金持ちではないか、って。わかったね。そうだったのだよ。生まれたときから決まっていた。しかし、いつまでもあなたは気づかない。もう、いいだろう。望みは何だったのかな。いつもそれはかなえた。しかし、あなたはそれをことごとく受け取らなかった。そしてここまでさまよった。その間、多くの課題を解決したな。本当に。だれもが幸せになることだった。それがお前の望みだった。お前も、そろそろ幸せになるんだよ。お前は夢を実現してしまった。参ったよ。ここまでするとはね。私たちは知っていた。そして、ずっと待っていたんだ。凱旋となったな。時もいいみたいだ。澄まなかった。ずいぶんと苦しめた。あなたこそ現代の最大の成功者、救世者となった。あなたはぎしゃくせんも通っている。もう、笑うしかないね。よくやった。ありがとう。