達観すると

2010年08月09日


  • 達観することができると、子供の目線に降りることもできるのでしょうね。何もかもゆるせると、ゆとりもできて、相手を責めることはなくなります。自分が大切にされているということに自信が持てた時、自尊感情があります。子供達に今必要なのは、大切にされているという経験だったのです。問題行動を起こすのは何故だったのでしょうね。愛のある世界があります。私たちはいつかここに辿り着きます。だれもがそれを求めて旅をしています。それが生まれた意味であり、私たちの魂のふるさとであり、宇宙意識だったのです。これを知ると、不思議な経験があります。それって、何だったのでしょうね。神仏は実在するという直観だったのです。その時、永遠を知り、本当の幸せとは何だったかを知るでしょう。それが、仏法であり、白隠禅師のいう隻手の音でした。ここに至って、達観することができるようになるでしょう。いつか誰もが至ります。必ず至ります。それが過去からの約束だったのです。そのために生まれていました。けれども私たちは往々にして、過去の失敗を繰り返しています。それで不幸にもなるのです。ここに気づいて、愛のある世界の扉を開けましょう。それはあるのです。少しの勇気で良いのです。愛とは、動植物及び岩石も喜ぶ周波数でした。


幸せを求めて

2010年08月09日

  • 彼の旅は終わりました。それは母を尋ねて三千里であり、十牛図であり、孤独な月の沙漠でした。そしていつか至ります。いつか知るのです。そしていつか信じます。何を信じるのだったのでしょうか。自分と宇宙との関係でした。『無門関』に大道無門とあります。あるいは、父のものは父に返し、母のものは母に返して始まるとします。何が始まるのだったのでしょうか。自分自身だったのです。馬鹿になることが幸せでは決してありません。例えば、'remembrance'があります。ここまで、自分を追求してみると良いでしょう。いつか、真実を知るでしょう。その時、自力でも他力もないのです。仏に嘘はありません。正でも反でもないのでした。私たちは生きています。幸せを求めて。中村元氏は書いていました。どの宗教でも良いのです。真実を観れば良いのです。真実とは何だったのでしょうか。すべて、見えない世界で決するということでした。見えない世界と交流できますか。してみると良いですよ。見えない世界は待っています。いつか、あなたがたも見えない世界を知り、真実のすべてを知る日が来ることを。そしてあらゆる努力が報われるのです。これから、ライフ(生命、人生、生活)を楽しみましょうね。新しい世界への扉が開かれました。