法華経

法華経はインド南部の海洋都市で成立した。それ故、その他の経典とはその性質を異にしている。多くの比喩を用いて真実を語る。全体として物語のようである。法華経の本質は何だったか。一切種智慧と宿王華だった。何故難解であるか。名宛人が菩薩或いは爾としての神だった。聖徳太子が受容した仏法は法華経だった。彼の統治は四天王を使った。平家納経も法華経だった。道元が最期に読んでいたのも法華経だった。日蓮が法華経ではない。

佛とは何だったか。佛慧と大威神力をその属性とする。佛の宣言はビッグバンに等しい。即ちそれより宇宙が始まる。それがロゴスであった。即ち黄泉も従う。そうした力を持っている。そうした力を持ちながら、何故この世界は尚不条理であるか。佛の力でもっと良い世の中にならないのであるか。仏といえども個々の因縁を解決することは出来ない。その方法は教えてくれる。個々の因縁は個々人が解くしかない。そのように出来ている。佛は何を以て佛となるか。菩薩を教化するによって佛となる。佛の教化方法は何か。宜しきに従う。即ち、菩薩には菩薩の身を以てし、縁覚には縁覚の身を以てし、声聞には声聞の身を以てする。それは相手の情欲根を見抜いて行われる。亦仏法は本来一味であるが、それを何故三と説くか。始めより一を説けば相手は必ず惑乱し、仏法を誹る。それで一を三と説く。ところで菩薩とそれ以下との間には断絶がある。これを超えるは至難の業である。何故か。持って生まれたものがある。

愛とは何か

愛とは動植物及び岩石も喜ぶ周波数だった。これを以て佛の周波数といってよい。愛を以てやさしさとする。それは声のトーンに人格として現れる。やさしさで全て解決する。21世紀の約束である。誰もが愛を開発可能となった。時代は推移した。そして進化した。庶民の願いと祈りは無駄ではなかった。愛と平和を実現する国家として日本が起ち上がる。既に日本はその方向を目指していた。それを無視したのはどの階層であったか。唯自己利益追求主義者達だった。周りが幸せであるとき、その中の自分も必ず幸せである。それで良い。コートを脱がすのは温かい陽射しであって北風ではない。

平和について

平和の価値を知る頃となった。それは武力からの自由或いは克服である。市民を犠牲に供する現代戦争の愚かさを知った。それがヒロシマの意味だった。何故広島だったのか。明治の頃には大本営もあった。原爆の目的は日本精神を根絶やしにすることだった。此処に現代西洋的戦争の野蛮がある。根絶やしを目的として広島を見つけたのは正しかった。その理由は割愛する。しかし頼朝は伊豆に流されていた。戦争は常にリーダーの決断で始まる。シビリアンコントロールは可能であるか。平和の基は広島にある。

平和主義は憲法の理念である。憲法は歴史的なものである。それは彼の大戦の反省としてであった。反省とは同じ轍を踏まない。亦日本国憲法はプログラム規定である。何時か成就する。その成就の時が来た。日本は戦争を放棄したのである。それは現代戦争の愚かさを知ったからである。歴史的決定である。憲法に従って主権を行使するとき、世界も認めざるをえない。本来日本が目覚め、軍神マルスを従えての黄泉の決定並びに宣言である。誰も手をつけられなかったヒロシマの謎がある。当事者でなければわからないものがある。

不安について

何故不安があるのか。知らないからである。知れば不安はない。批判はない。言い訳もない。知ればいい。知識は武器となる。知識が人を動かすのではない。知識を得て不安のない自信が人を動かす。神仏も知ればいい。知らないから否定する。知れば神仏の受容祝福守護もある。どのようにして知るのか。探すしかない。自分次第である。全て意味がある。その意味を知るまで勉強するしかない。それをせずに勝手なことをする。間違える。不幸になる。幸せとはどのようにして手に入れるのか。全ての意味を知って手に入れる。一番にならなくて良いなどと何を根拠にいうか。むしろ不思議である。知らずにいっているのではないか。そうであるなら人を不幸に導いた罪は重い。不安がある。夢が描けない。自信がない。何故か。周りにその例がない。あまりにも無視愚弄したものがある。それで自分も出来ないと思う。諦める。安易な文化を吹聴したテレビ界の罪がある。

日本人として人生とは何だったか

人生とは過去からの夢の実現過程だった。それは本来の自分に帰ることから始まる。本来の自分となって新たにこの世の人生を歩む。本来の自分と現実の自分とのギャップがある。これを埋めなくてはならない。それは過去の自分をトレースして行われる。本来の自分から始める。その人生は幸福といえる。それまでが試練である。本来の自分を見出し、それに帰る時、生まれた意味を知る。生まれて善かったと思う。しかし往々にして、大人となる過程に於いて多くはそれを諦める。生活に追われるからである。そして誘惑に負けて腐敗堕落し、それを人生と思う。これを以て哀れといえる。人生とは何だったか。過去からの夢の実現過程だった。そして今、時代は夢が叶う時代となった。夢も知識であり、技術だった。思考は現実化する。日々の行為と思考によって自分を組み立てる。DNAが書き換えられていく。未来に何を伝えるのか。この世に於ける人生の厳粛であるとする意味である。腐敗堕落が人生ではない。お笑い芸能界は勘違いしている。何を公の電波で流布しているのか。本来の自分となるためには自分に勝たねばならない。それが無でもあった。無より満ちてくるものがある。それが幸せだった。禅は今、日本にしかない。國を持たざるユダヤの陰謀がある。お金しか信用できない。しかし彼らもお金を通して自己実現を図っているに過ぎない。そしてお金だけでは不安を払拭できないことに気づいている。日本は本来護るべき國がある。国家なくして自由はない。日本の工業力の秘密は何処にあったか。町工場の熟練だった。グローバリズムを理由にそれを空洞化して自らの利益を図った大企業は日本を裏切った。しかし日本は大丈夫である。技術立国日本の基が目覚めた。市場原理は価値を破壊して顧みない。シェアを獲得して勝てば官軍である。新しい資本主義の時代となった。人生は自信を以て不安はない。恐怖はない。それは知ることである。全てに意味がある。全てを知って自信は絶対となる。命を賭けて知るべき事もある。時代は目的的時代となった。或いは芸術的時代である。価値の復活ルネッサンスである。無意味な時代は終わった。

自由及び平等とは何か

自由とは思うとおりにして、しかも法を超えない。既に孔子の見つけたところだった。制度が後からついてくるレベルもある。平等とは何だったか。それぞれ本来の自分の能力を十全に発揮して生きていくことだった。それを阻害するものがある。一度や二度の成功で閥を成し、身分に安住する者たちである。彼らによって戦後六十年、制度は一部腐敗している。打ち砕かねばならぬ。それが時代のエートスとなる。フランス革命もそうだった。明治維新もそうだった。この度は穏やかにテイクオフする。

本来日本

本来日本はどういう國であったか。何を目指していたのか。見失って久しい。ペリー来航以降のことだった。江戸無血開城は禅譲だった。譲ったのである。それを無視して文明開化を急いだ。第二次世界大戦はその文脈での戦争であったともいえる。故に神風は吹かなかった。古来大和の大義名分がなかったからである。大義名分とは何だったか。黄泉及び生命自然の受容及び祝福並びに守護ではなかったか。愚かな戦争をしたものである。日本を裏切った。古来大和は負ける戦はしない。本来日本はそういう國だった。それは古来卑弥呼の系譜邪馬台国大和正統日本武士道純粋精神だった。即ち身心清浄及び正直を以て旨とする大和魂だった。何故見失われたのか。商人根性台頭の故だった。そして日本はどうなったか。世界に飲み込まれた。そして腐敗した。本来日本はどういう國だったか。世界で最も自然に恵まれ、現存文明文化諸国家に於いて最も歴史古き神国である。今も昔も黄金の國ジパングである。古来蓄積された英知の國である。思い出す頃となった。日本は日本である。何を裏切ったのか。何が蔓延ったのか。何を根拠に好き勝手し来たる哉。日本古来本来道元貧学道を以て日本復活。空手にて帰る。問う。政財界及び官界並びに諸オピニオンリーダーは何を根拠に日本を運転し来たる哉。名誉であるか。地位であるか。お金であるか。知性であるか。強欲であるか。野蛮であるか。