まだなの

2013年08月03日 2013(平成25)年11月24日改訂

  • 卒業してしばらくお世話になった某教授が一緒に食事をしている時に言った。あなたは大金持ちではないか。教授から教えてもらったのは、刑罰権についての本質論と条文から導く解釈方法論だった。ある日、教授から電話が架かった。これからある検察関係の会合で講義するから、その内容を聞いてくれ、とのこと。教授のお話は延々と一時間あまり続いた。そしてどう思うかと問われるので、先生の理論のこの部分が一歩前に進みましたね、と答えた。すると君もそう思うか、と呵々大笑されるのだった。今思えばそれは私に対する個人授業だった。刑法とは何だったのか最も肝心なところを教えてくださっていた。その時、刑法がわかったと思った。また、社会がどのようにできているのか(支配関係)も理解した。例えば現代社会においては、お金で解決できるならそれでいいのである。教授は言って居られた。刑法はとても人間的である。どういうことだろうね。情があるってことだよね。すなわち道元の言う、花は哀惜に散り、草は棄嫌に生ふるとするところである。あるいは、泣いて馬謖を斬る。また、三十年ぶりに出会ったもと彼女は言った。まだなの。ずいぶんと彷徨ったことだった。無理もない。戦後はことのほか困難だった。すべてメッセージ・サインだった。準備されていた。いつか彼は気づく。何もかも明らかになる。手出し無用。彼は見えない世界に導かれていた。そうだった。彼だった。魂と宇宙及び自然は連動あるいは同調している。しばらく何がはびこったのだったか。いつか選択しなければならなかった。何を選ぶのだったのか。悪であるか。戦争であるか。殺戮であるか。束縛であるか。死の棘であるか。終末であるか。永遠であるか。普遍の愛であるか。平和であるか。穏やかさであるか。やさしさであるか。枯れ木に花を咲かせよう。あるいは一寸法師。桃太郎。かぐや姫は月に帰る。あらゆる物語がひとつのテーマを様々な形で表現していた。そしてそのようにして真実が伝えられていた。フィクションあるいは古典とするところである。人類が滅んでも地球は痛くもかゆくもない。悪魔の支配に甘んじていたね。それがお笑いだった。子供たちが惑わされた。多くの大人もである。それが支配だったのか。戦後日本精神骨抜き占領政策は失敗に帰した。サタンの支配に屈するわけにはいかない。彼は言った。日本は大丈夫だよ。大きな使命があった。生まれた意味があった。彼は見事に務めを果たした。彼は言った。仕事はしたよ。アメリカがヒロシマを見つけたのは正しかった。だが、頼朝は伊豆に流されていた。いつか気づく。滅亡の歌を歌うのであるか。よろこびの歌に至るのか。苦悩の英雄ベートーベンのように。世界は待っていた。日本は何を学び何を反省し何を提言するのであったか。いつもそうだったのである。マルコポーロおよびコルトレーンもあこがれた黄金の國、ジパング。それは卑弥呼の系譜邪馬台国大和正統日本本来神国である。しばらく見失われていた。あるいは眠らされていた。明治以降のことである。本来日本が目指していたことがあった。それはそのまま生命としての進化傾向だった。本来日本が培っていた精神があった。しかし明治以降、ペリー来航に乗じて支配階層となった方々にとって、本来日本の諸価値は悉く邪魔だった。故に排斥した。彼らは19世紀に既に没落していた西洋物質文明こそ幸せかと思った。その文脈での悲しい戦争があった。日本は身を以て現代戦争の無価値を学んだ。……彼は選択した。何を選択したのだったろうか。愛と自由と平和である。世界はそれを待っていた。それこそが、戦後日本に託されていた重大な使命だった。21世紀の約束だったのである。故に時代は第三の波を経て第四の波となっている。時代の流れは今、とてつもなく速い。故にだれもが何が善で何が悪かもわからなくなっている。時代は混迷し、混沌としている。第四の波とは創造化であると言われている。創造力と普遍の愛が神の属性だった。ところがこの二つは人間において反力として機能する。すなわち、物質と精神である。いよいよ人類は未来に対する責任を負う時代となっている。本来人間には神の七つの力が賦与されていた。しかしそれは封印されていた。何故だろうね。目的の選択を間違えばそれで人類を滅ぼすこともできるからである。民のためにするとき、神風も吹くとするところである。それが征夷大将軍の要件だった。この世は不思議に満ちている。人類は新たな未知なる世界への旅立ちとなった。既に蓄積されている偉大な精神の所産である人類の英知と技術を結集して、人類の夢だっただれもが愛と自由を以て楽に易易と暮らしてゆける時代を開くのである。これからそれが実現する。それは日本から始まる。世界に発信するべきはそれである。この夢を実現するために必要だったのが平和だった。世界で今、最も自由で平等である国は日本である。戦後学んだ個人の尊厳に基づく人間としての諸権利及び諸理念がある。それが日本において結実している。日本は約束としての務めを果たしたのである。そして時代は例えば画工の勉強はできなくても誰もが愛と自由を以て楽に易易とくらしてゆけるほど豊かになった。それが人類初の経験であるデフレの意味でもあったろうか。こうしたことは既に記した。全体の趣旨より勘案されたい。さて真実は、神仏は実在する。新井白石『鬼神論』によれば神とは精神だった。大器晩成、巨大な宝石として結晶せよ。それが蓮華の前に化生である。生命体は魂を宿して遙かな昔から彷徨っている。何を求めているのだろうか。ゴールは何か。神だった。あるいは仏だった。白隠禅師は言った。衆生本来仏なり。本来日本の花が咲く。それはもう咲かないのかと思われた。花はどこへ。彼は生きていた。残念だったね。そして鮮やかによみがえる。大死一番絶後に蘇る。武士道は死ぬことと見つけたり。それらの意味も明らかとなった。現実に死ぬのではない。この世で生まれ変わる。蝶になる。戦い。何と戦うのだったか。仮想敵国などではない。自分と戦うのである。それは何か。自分の過去を払拭して、新しい時代が始まる。

  

花咲いて蝶も舞うなり夏の陣

  • 苦節三十有余年、彼は社会の最下層に埋没し、およそ地獄だった。そして何を探していたのだったか。あきらめはしなかった。シュリーマンのように。そして回復する。何を回復するのだったか。本来日本だった。それは何だったのか。大和魂だった。それは第二次世界大戦中のそれではない。すなわち、本来日本が代々培っていたものである。すなわち、身心清浄及び正直を以て旨とする。それが本来日本の本懐だった。卑怯ではない。怯懦でもない。野蛮ではない。生き馬の目を抜くのではない。嘘はない。バイオレンスもない。生命の進化傾向である。人類はここまで至っていた。そしていつか日本において結実する。その時を迎えたのである。取り戻したものは何だったのか。失われた何か大切なものだった。それは神仏を含む本来日本の精神だった。すなわち、大脳における高速頭脳回転思念力である。それこそがエネルギーだった。その時、何が起きるのだったか。思考は現実化する。見えない世界が受容し、祝福する。そして実現するのだった。彼においては日月照らし風が吹く。魂と宇宙及び大自然はリンクしている。あるいは同調する。そして呼応し、証明する。それが天晴れ、日本晴れ、廓然無聖だった。あるいは祖先の総体としての黄泉の受容・祝福・守護だった。本来日本に秘密がある。はじめは負けたかと見ゆる。だが、必ず受容・祝福・凌駕する。人類の祈りは何だったのか。愛と自由と平和である。そのために採用した制度が民主主義だった。今、それへ結実する時である。自己利益追求としての資本主義は何だったのか。利益のためであれば、自然を破壊しても顧みない。戦争及び殺戮も辞さない。破壊は最大の消費となる。また本来資本主義は、利益あるところに損失ありとする。それが自由競争の意味するところである。しかしいつか、利益あるところに利益ありとなった。それが貧富の較差の拡大である。勝てば官軍とする思想がそれに拍車をかけた。しかし、いつまでもそうではない。権力は市民革命によって克服されている。戦争の時代がやがて終演する。人類は気づいたのである。悪魔は正体を見破られると尻尾を巻いて逃げ惑う。西洋思想は19世紀に既に没落していた。日本は文明開化と称してそれを追いかけた。その帰結が第二次世界大戦の敗戦だった。帝国主義及び植民地化による世界分割の土壌で後発として戦ったからだった。それも反省された。そして本来日本は滅し給わず。それは精神だった。日本にゾンビは似合わない。時を要する。属性を要する。最後の要件は自覚だった。そして衆生本来仏なり。世界が待っていた。本来日本が復活する時を。本当の東洋精神が伏流する時を迎えた。およそ想像を絶するものだった。金剛杵。草薙剣。雷神。風塵。さて、聖徳太子が法華経を講義している。太子は四天王を使って政をした。四天王とは神だった。江戸時代、新井白石著『鬼神論』において神とは精神だった。その実体が彼の経験を通して体験的に証明された。いよいよ本来日本復活である。時は熟した。もと彼女は言った。まだなの。もう一人の彼女が言った。長い冬でしたね。寒くはなかったですか。時は巡り、種であればいつか芽吹く。それが宿命である。そして葉が繁り、花と咲く。そして結実する。その花はもう咲かないのかと思われた。花は何処へ。その種が遺されていた。家伝直伝秘伝螺鈿の槍として。彼は言う。待たせたね。遅すぎたかな。そうでもない。時節因縁、電光石火、覿面提示。いよいよである。黄泉は待っていた。そして慎重に導いた。黄泉とは祖先の総体だった。見事に咲いた。これまでにない大輪の花である。本来日本が喜んでいる。自然が喜んでいる。大宇宙も喜んでいる。秘密を開示しよう。父の名は昭亮、昭和2年3月7日に生まれ、平成2年5月22日に没した。父の生涯は昭和そのものだった。16歳で志願し、赴任地はカムチャッカだった。復員したのは網走、刑事でもしていたらしい。また、予科練の教官もしたと言っていた。三陸沖では鯨を見たと言っていた。家には絹の組紐とケンパスでできた新品の落下傘があった。祖父の名は良亮、広島大手町桑原千畝の四男である。千畝の肖像画は今、彼の手元にある。彼は少年の頃、8月に、祖父と二人でいつも広島にあった桑原の墓を供養していた。今は大阪に移されたと寺の住職から聞いている。しかし彼は言う。家督を大阪に譲った覚えはない。その他、彼の人生にあらゆる不思議があった。彼の現実としての青春と人生は失われていた。その間、何を探し、何を見つけ、確定したのだったか。謎はすべて解いたと彼は言う。一休髑髏ご用心。直接間接彼を悲しませること勿れ。半年後に必ず死に神が来る。それも一度や二度ではなかった。これも真実だった。故に一休は、正月に竹竿の先に髑髏をつけて、ご用心、ご用心と言って町内を練り歩いた。明治以降あるいは戦後、何を勘違いしたる哉。仇は討つ。武士のならいである。気づくべき頃となった。ために、確かめなければならないことがあった。開発しなければならない力があった。それが高速頭脳回転し念力だったのである。それを以て隻手の音を聞く。その作業は終わったと彼は言う。実験検証確証確認済みである。それって何だったのだろうね。不可思議思念力。ダルマ曰く。不識。