自己の建立

2011年10月16日


  • 何が真実だったのか 何が本当の幸せだったのか 本当の実力とは何だったのか これらがテーマでした 神の七つの力が賦与されていた人間はどのように生きるべきだったのでしょうか どうしていつまでも不幸なのでしょうね 生・老・病・死・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦。どうしても苦から逃れられない。人生はそうしたものです。これらはお金で解決できない。これらを取り除くことが出来たら、幸せです。その方法はあるのでしょうか。それはどうしたら良いのでしょうか。真実は神仏が実在するということです。そして本当の実力とはわが力ではなく仏の威力です。神仏に受容祝福守護されて何かを成す力です。そのためには、神仏を知る必要がある。学ぶ必要がある。しかし私たち人間は神仏の教えはとても都合が悪いのです。それで、キリストをも処刑した。賢者は自ら賢者と名乗ることが出来ない。必ず、迫害されます。そして現世的利益と享楽を求めて殺戮までしてしまう。あらゆる戦争の目的が平和でした。しかし、憎しみと嫉妬の連鎖があって、新たな支配を得ようとする者が現れる。ますますエスカレートしてどうにもならなくなる。鎌倉時代もそうでした。今もそうです。こうした愚かさを自覚して、このままでいけないと思った時、自分の非力を思い知らされる。しかし、いつか解決しなければならない。そのために、何が必要だったのでしょうか。招魂です。つまり、自己の建立です。多くの人は、魔に著されています。それに気付けない。また、真実を知らない。知らないことを以って真実を否定する。これでは、幸せになれない。人間がどうして不幸なのでしょうか。モーゼの十戒を見ればわかります。しかし、どうしてもそれをしてしまう。それが生きることだと思っている。そうでしょうか。仏の心を自己の中に招き入れるのです。それが自己の建立です。神社仏閣の建立はその象徴です。あらゆる修行の目的はそれだったのです。すると、何が起きるのでしょうか。法華経では自己の中ですべて起きるとあります。それは心だったのです。悪魔の心であれば、そのような相になって来ます。仏の心であれば、そのようになって来ます。とても、不思議です。不可思議です。既に多くの賢者の英知の蓄積があります。それを学んで自分のものとすれば良い。しかし、自分にはできないと思う。できない言い訳ばかりする。幸せはあります。実現の頃ですね。この世は地獄です。地獄と極楽は表裏一体です。自分が変われば良い。世界が変わります。本当です。それは、とても不思議な出来事です。
  • 心なき身にもあわれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ  西行法師