愛し愛されて

道元の『正法眼蔵』とうのがあって、たとえば日本の知識人が一冊だけ孤島で持って良いとして選ぶ本がこれだとどこかに誰かが書いていました。西洋においては聖書です。その中に、薪の灰となりてもとの灰にはあらず。薪には薪の境界があり、灰には灰の境界があるとします。それについて思うのは、わかるまでの行があります。わかってからの行もあるのです。人生を如何に生きるべきだったのでしょうか。問われていますね。お金ではなかった。それは確かです。それでテレビ界が大騒動で反省を余儀なくされています。精神のなかった企業もです。何が大切だったのでしょうね。やはり知性でした。それを無視していたのです。今も勘違いしている人がいますね。気づけないままの人はどうなるか。それも法則通りです。追って処断を待つしかないのでしょう。さて生かされているとか云いますね。それも確かです。しかしそれでは幸せになれなかった。幸せになるためには何が必要だったのでしょうね。ビートルズのメッセージは愛と平和でした。故に世界中でヒットしました。誰もが求めていたモノを形にしたからですね。戦争を庶民が望んでいると思いますか。誰が始めるのでしょうね。リーダーですね。リーダー同士だけの戦いであれば勝手にすればいい。犠牲になるのは誰ですか。何のための戦争ですか。誰の利益ですか。所詮一部の利益ですね。その目的を達成するのに手段として正統性が何処にあるのでしょうね。大義名分といっても良い。企業の派遣切りと同じです。はじめから犠牲が織り込まれていたのです。それが正義ですか。何時までもそれは通らない。時代はシフトしているのです。それは明らかです。それなのに、旧態依然として権力抗争の具として戦争を使っていませんか。中東では戦闘が始まりました。多くの死者が出ています。政治の目的は何でしょうね。生命体として皆が幸せに生きることを目指して此処まで進化したのではないのですか。それが可能なだけの技術と富があるのではないですか。しかし一部にプールされたままです。自分たちだけで幸せを独占しているとどうなるのでしょうね。ギロチンもありました。まだ自分たちの目的遂行のために、殺戮ですか。それでどうなるのでしょうね。来世では殺戮されます。そうしたものです。此処で切り替わりませんか。アメリカの中東政策も、目的をはっきりとさせませんか。何が目的ですか。本当に中東平和を願っているのですか。死の商人も居ますね。ラーメンからミサイルまで。今も尚、従来通りの市場開拓ですか。ペリー来航もそうでした。国連も戦闘中止を呼びかけています。これまでも何度もそれはありました。しかし中途半端で、この度も戦闘です。どの程度、本気なのでしょうね。かつてユーゴスラビアで内線があった時、ヨーロッパは傍観しました。自国のことは自国で解決するしかないのです。積極的に攻めてくるなら徹底的に応戦もあるでしょう。そして誰もが愛と平和をパラダイムとして、自由競争すればいいのではないですか。資本主義は拡大再生産であり、所詮バブル化します。本来の価値があって、価値は価値です。やがてそれにもどります。今、その時ですね。それはそれでいいのです。消費社会において究極の消費は破壊です。それが不幸であることに気づいています。亦、野蛮思想は根絶やしです。やがて自分たちも根絶やしにされます。それで古来文明文化諸国家は滅んでいます。現在現存している文明文化諸国家の中で一体性のあって最も歴史的に古い国は日本です。中国も何度も征服王朝が入れ替わっています。日本に未来存続の英知があります。それは何だったのでしょうね。見直しあるいは発掘しても良いのかも知れません。さて生かされて生きていると云われます。それでは幸せになれませんでした。愛されて生きているのです。ゆるしゆるされて生きているのです。未来は誰もが殺戮のない世界で幸せに生きるのです。欺罔と暴力より脱しませんか。その準備は調っています。早く気づく頃です。時代は進化しています。地球も何時までもありません。やがて滅びます。その前に、本当の幸せ世界を作りませんか。気づいている方はいるのです。かつて、二千数百年前に、仏陀もキリストもソクラテスも孔子もいました。今もいるのです。何時まで野蛮な役を演じるのですか。あるいは愚かさを吹聴するのですか。その意味では、タモリもタケシも猛反省していただきたい。あなた方の壊したモノがあります。あなた方が直さなければならないですね。萩本欽一氏もその意味で振り込め詐欺防止のキャンペーンをしているのです。それが法則です。愛し愛されて生きていく。その時、ゆるしゆるされている。何があっても良い。何をしても良い。それが自由です。強くなければ生きてゆけない。やさしくなければ生きている意味がない。フィリップ・マーロウです。時代はそのように進化しています。愚かさへではないのです。明治は遠きになりにけり。殺伐が未来ではありません。それを通って何があるのでしょうか。楽しみですね。未来は明るい。彼はいっていました。明治そして戦後は仇だったと。そうだったのかも知れません。であるが故に、見えているモノがあるのでしょうね。暴力の時代を乗り越えなければならないのです。欺罔の無価値を知って、本当の世界を切り開く。彼の仕事だったのかも知れません。確かに有能でした。しかし埋没しました。その理由も教えて貰ったようです。因縁だよといっていました。何のことでしょうね。乗り越えたのでしょうか。人間のエネルギーは感情でした。勘違いした方々はそれを低次元の性的なモノに限定しました。お笑いタレントもその例外ではなかったのです。知性の復活の頃です。世のため人のためです。周りに不快の空気を作っていませんか。それが問題でした。此処より始めましょう。心地よい世界を作ろうではありませんか。ゾンビは日本に似合わない。下劣な文化は文化ではない。良い時代にしましょうね。それは見えています。諸価値の復活です。それは始まりました。勝手が過ぎたのです。唯、その反動です。困った時代となりました。困ったときには助けて貰えばいいのです。そして次は、困った人を助けることをしていきましょう。心配しなくて良いのです。世の中はそのように出来ています。ボランティア、結構。寄付も結構です。殺戮していてはだめですよ。暴力も欺罔もだめです。唯自己利益追求は失敗に帰しました。派遣切り企業は必ず没落します。業者を泣かせて消費者のためと良い子ぶっている企業もです。人件費節約とかで労働者を泣かせ、国を裏切った企業もです。いい加減な仕事をして、本当の実力者の邪魔ばかりして、手柄はすべて横取りし、自分は何もしないでリーダーぶり、八方美人でおべんちゃらの嘘の報告書で仕事をしているつもりの方々も何時か化けの皮がはがれます。黄泉は知っています。天も見ています。人生はそれほど甘くない。人間はだませても天および黄泉はだませません。知るべき頃となりました。神仏は実在します。愛し、愛されて生きています。何に愛されているのでしょうね。神仏に愛されているのです。動物的本能が人間性だと思った。それをターゲットにすれば、いとも簡単に多大な現金収入となる。ピンサロがそれでした。市井の多くの飲食業者成金もその類が多い。テレビ界および芸能界がそうでした。反省の頃です。看過できなくなりました。何故でしょうね。彼は生きていたのです。見聞していたのです。王の眼、王の耳ということがあります。彼の自覚は重要です。それを通して黄泉が動き、実現します。経験事実です。代々古来大和の秘密だといっていました。彼は何を思い、何を見聞したのでしょうか。彼にはどのようなチカラがあったのでしょうか。生まれながらに。その開発および確認は終わったのでしょうか。謎は謎です。黄泉の守護、天の祝福。それはあるのです。知らなかったですね。それでそのようなモノは物語に過ぎないと思っていました。それはあるのでした。不思議ですね。彼の旅は終わりました。彼は本来の彼を取り戻しました。よかったですね。未来は明るいと云っていました。カンニングで世に出て閥を成した方々から成敗です。嘘を当然含む商的取引行為から大反省です。日本は日本です。