人間の人間たる所以

2012年03月29日

  • 人間の人間たる所以は何だったのか。考えることだった。パスカルはそれを「人間は考える葦である」と言った。そして続けて、「その葦を通して宇宙を観る」とする。葦も人間も自然の一部として平等である。しかし葦と人間は違う。何処が一番違うのだったろうか。考えることができるということだった。何を考えるのだったろうか。それが問われている。既に四聖がいた。彼らは何を考えたのだったろうか。私たちは葦を通って人間まで進化した。葦も人間もとるにたらないといえばそうである。しかし、人間には神の七つの力が賦与されていた。とりもどすべきはそれである。物質文明の中で見失われていた。そして知らないことを以って否定する。あるいはむしろ都合が悪い。邪魔である。故にキリストを処刑して原罪となった。それが人間だった。自分のためにすることで幸せにはなれなかった。今まさに人類として転換期である。このままではますます不幸になる。400年来の考え方が限界にいたっている。それは自然破壊という形で露呈している。かつて公害があった。今、福島第一原発事故となった。この苦難を乗り越える。本当の幸せはある。それを見つけて、そのためにお金も知恵も使おうではないか。